父の四十九日法要

土曜日は父の四十九日法要をしてきました。朝の我が家の地域の気温は0度それでも親戚・父の親友たちで約30人が来てくれました。皆さん、ありがとうございました。

皆さんの視線は私の松葉杖に集中。
それもそのはず!父の葬儀の時はギプスだけだったのに1ヶ月以上経って悪化しているんだもの。皆さんに状況を説明すると、「歩くな!」「無理するな!」って言われました。

さて、父の法要の話しに戻ります。
11時からの法要で10時20分にはお寺から徒歩数分の会館に到着しました。でも和尚さんも誰も居らず、自宅から持参してきた遺骨に遺影にお花にお供え物などどうするの?…って感じでした。法要ってこんなもの?

花は前の人の枯れた花が残っていたので勝手に生け替えちゃいました。でもそれ以上は勝手に出来ないから急いでお寺さんにして会館に来てもらいました。
和尚さんにご挨拶して全部お預けして、御布施・塔婆料・御膳料など納めました。

読経中に父姉の叔母達がおしゃべりしてうるさかったから?無言の注意?和尚さんの木魚がうるさくなって耳が痛くなりました父のお姉さん達はいつもお喋りさんなんです。でも御布施を多めに包んだせいか?おとがめ無しでした。

| | コメント (0)

ちょっと気になるアイスクリーム屋さん(千葉県滝不動駅)

ちょっと気になるアイスクリーム屋さん(千葉県滝不動駅)
ちょっと気になるアイスクリーム屋さん(千葉県滝不動駅)
父が入院していた病院から車で10分弱、千葉県滝不動駅からすぐのところにあるアイスクリーム屋さん。土日祝日などの休日にはこのアイスクリーム屋さんの前で渋滞が出来ていました。

病院には3年近く、車では約1年通いましたが、このアイスクリーム屋さん、いつも気なっていたけど父の存命中は一度も入りませんでした。一昨日の土曜日、
『今日は最後かもしれない…。』
と思い、父の入院費の支払いの帰りに寄り道してみました。

母はバニラとミルク、私はラズベリーとチョコチップ。ここぞとばかりに二人ともダブルで注文
店内の椅子に座って頂きました。

『美味し〜い

新鮮な牛乳で作ったアイスクリームだそうですがこんなに美味しいならもっと早くに来るんだった父も気に入ったかもしれませんうわ〜っ「後悔先に立たず」ってこんな時に使う言葉ねっ!!最後まで美味しく頂きました

アイスクリーム屋さんに併設して無農薬野菜屋さんがありました。アイスクリーム屋さんの店内に野菜屋さんの野菜がプリンスホテルのサラダバーに使われている…と案内がありました。

野菜屋さんの野菜はどれも大きくて安い
ブロッコリー100円、キャベツ120円、大根100円、長ネギ、ほうれん草、…等々。近所から買いに来ていたご婦人が
「ここの野菜を食べたら他では買えないわよ!美味しいんだから!」
とオススメされました。
美味しいアイスクリーム屋さんは美味しい野菜屋さんでもありました。
土曜日の夜は早速ほうれん草のお浸し。美味しかったです

病院に支払いが目的で出掛けたのに観光みたいになっちゃいました

お店の名前は
佐久間あいすくりーむ工房さんです。

| | コメント (0)

有難うございました

父の葬儀が終わって約1週間が経ちました。
皆さんからはお悔やみや励ましのメールをたくさん戴きまして有難うございました。葬儀にもたくさんの方々にお越しいただきました。本当に嬉しかったです。

父には出来る限りのことはしてあげたし、父も一生懸命頑張ってくれたので後悔はありません。笑って見送ってあげたかったけど、やっぱりボロボロ泣いてしまいました。父の棺はたくさんの花で埋めつくされ顔まで隠れそうになり^_^;父が『重たいよ』って言いそうでした。

さて私は会社と実家と剥離骨折靭帯損傷した足を引きずって、相変わらずバタバタしています。怪我をした足首は父が亡くなる2日前から石膏のギプスに変わりました。痛みが全然退かなかったからです。今もまだ石膏ギプスしています(+_+)階段から落ちて6週間経ってからのギプス…、元通りになってくれるでしょうか?

近況はこんなところで、また改めて裏話など書きたいと思います。

皆さん有難うございました。

| | コメント (0)

父のお葬式

お葬式の日程を決めるのって大変なんですね。火葬場・お寺さん・斎場のスケジュールが一致しないといけなくて。特にこれから冬の寒い日は件数が多くなるらしく。。。また六輝表も気にしないといけないですしね。

決まりました。

12月3日のお通夜、4日の告別式。実家から車で約3分の会館です。その他にもいろいろ決めなくてはならず・・・。

昨夜は実家で母の誕生日会をしました。父の計画通りに。ケーキに「お母さん誕生日おめでとう」のプレートを載せてバースデイソング♪を歌って。友達に「父ったらわざざわ母の誕生日を実家で過ごすためにこんなことして」って話すと「お茶目なお父さんだね」って。まったくですぅ!

その後私は自宅に帰ってきました。父の写真を探すために。

さて、今からまた実家に行ってきまーす。

お問い合わせいただいているので、もう一度ここで書かせていただきます。

お通夜:12月3日 18:00〜

告別式:12月4日 12:00〜13:00

斎場名はW市内の○○会館。携帯にメールをくだされば。○○会館までW駅から往路はタクシー1メーター、帰りはマイクロバスがあります。駐車場も無料であるのでマイカーでもどうぞ・・・とのことでした。計画的実行犯(^^)の父と一緒に笑ってもらえたら嬉しいです。

| | コメント (0)

お父さん、お疲れ様でした

今朝、早朝のことでした。
私たちに何も言わず父ったら…、逝ってしまいました。

幸せだったそうです。
本人が数日前に母に言っていたそうです。

今日は母の古稀の誕生日。
そんな日にねぇ。
家でお祝いしてあげたかったのかも。

お父さん、お疲れ様。
お家に帰ろうね。

| | コメント (0)

父の話し

昨晩遅くに父は大量喀血しました。

私が昼間に病院に着いた時には目を開けていて、微笑んだり怒ったりして、
「もうだめかも…」
って思いながら病院に行ったのに、肩透かし喰らった感じでした。

夜になってからゴホゴホ咳が止まらず、痰がからんでも自分で吐き出せないので看護婦さんに痰吸引をお願いしました。

鼻から吸引されると父はケイレンを起こしているかのように苦しみます母と私は手を父の手を握って励まします!
「頑張れ!頑張れ!ゴホゴホして!吸ってもらうよ!頑張れ!頑張れ!」
その前まではこの数日間透明だった痰に今回は少し鮮血が混じりました。
看護婦さんは先生に報告。
先生が診に来てくれて聴診器を肺の音を確認。
「左肺から出血しているようなので、身体を左下にして寝かせてください」

また咳が止まらず呼吸音も痰が絡んでいました。
再度吸引をお願いしました。
口から吸引した時には透明だった痰が、鼻から吸引して出てきたものは真っ赤な鮮血。
吸っても吸っても血は止まらない!
指先につけた体内酸素メーターの数値が急速に下がって90を切り、80を切り、70を切り…。
父は苦しそう
「大丈夫だよ、お父さん!私が助けに来てるんだから!大丈夫!お母さんと一緒にお家帰ろうって約束したんでしょ!大丈夫!」
母と私は父の手を握って一生懸命に声をかけました。でも酸素メーターの数値は下がる一方
「これは止まらない!」
と私は思い、隣で吸引してくれている看護婦さんに耳元でそっと尋ねました。
「あと1時間もちますか?」
御殿場に住む姉が車で駆けつけるのに1時間半くらいかかるからです。
看護婦さんは私を部屋の外に呼び
「人工呼吸機(延命装置)を着けて良いですか?」
と逆に尋ねてきました。
「えっ!?は、はい、お願いします?」

担当の先生もすぐに来てくれていろいろと救命措置をしてくれました。私と母は部屋の外で待たされんぼう。その間に姉、叔父伯父、私の旦那さんにそれぞれ連絡。

1時間後、私たちが再会した父は顔色は悪く、人工呼吸機を付けられ、麻酔で意識は無い状態でした。もちろん会話も出来ません
酸素メーターは49!?
これが100近くまで回復しないとダメ。低酸素状態は体内の臓器が機能を果たせないので、臓器不全になっちゃうって。
酸素が取り込めないのは肺からの出血が気管支に入り込み呼吸が出来ない状態だったからだそうです。先生は出血部分を押さえ、気管支の肺の洗浄をしてくれたそうです。真夜中なのに先生が居てくれて良かった
「お父さん、頑張れ!」

私の旦那さんが1番に、その後伯父家族、姉家族が続々到着。
父は酸素を取り込めるようになり、80〜90に回復。朝には90超えました。
けれど麻酔のせいで意識は無いまま。

私は一度自宅に帰り、今夜も泊まる用意を。

私が病院に居ない間に先生から説明があったそうで、「今夜か明日辺り」
と言われたそうです。
「峠」…ではなく「終わり」なんです
悲しいけれど、でも父はいっぱい頑張ったから休ませてあげる時間が近づいてきたのかもしれませんね…。

| | コメント (0)

皆さんには大変ご心配おかけしています。

肝臓癌→肺転移→肺悪化→肺炎→今日明日には死にそう
…だった父はなんとか肺炎から復活しました。

…けれどまた悪化。
水曜日の夕方にがあって私は朝まで付き添い。
木曜日の昼には少し落ち着きを見せたので私は会社へ。
昨日金曜日はやっぱり悪化ポカリもお粥も全然ダメって。

昨夜父は悟ったように母に
「迷惑かけてごめんな。有難う…。」
って出ない声を振り絞って言ったそうです。母は涙。その話を聞いて私も涙でした。

もう今回はダメかもしれない…。

でも父はみんなに心配してもらって、みんなにお見舞いにきてもらって、先生にもたくさん診てもらって、考えてもらって、看護婦さんにも『カワイイお爺ちゃん』って優しくしてもらって、とても幸せな人です。
私も父の最期まで頑張りますね!

あと35分で病院です。

| | コメント (0)

泣きっぱなし

父の容態が日に日に悪くなって昨夜から泣きっぱなし。
今朝起きたら目が腫れていました。

こうして書いていることで気持ちがちょっと落ち着くのです。

もう1週間先が、1日2日先が見えません…。

| | コメント (3)

父は高熱

11月14日は義父の命日。
今年は土曜日だから主人・義母と一緒にお墓参りしてから3人で私の父の病院へお見舞いに行こう…と予定していました。

ところが14日の朝一父に付添い中の母から電話が、涙声で取り乱して言葉にならないのです。私は一瞬「父が…」、最悪の連絡が頭をよぎりました。
…が、そうではなく、朝また父が身体を震わせ39.4度の高熱、125回/分の脈拍、166の高血圧で死にそうに弱っているって。

母が電話で話している側で父が「オシッコ」と尿瓶のセットと介助を要求。母が一度電話を切ると言うので
「私すぐに行くから!!」
と電話を切りました。
義父のお墓参りは主人にお任せして、おまけに「お義父さんにウチの父を呼ばないでと伝えて!」とお願いしました。

今の私が急いでもかなり時間がかかります〓足骨折中のため急いで行ってもお昼になってしまいました。

母は父の手を握って側に座っていました。父は意識はあるけれど高熱と悪寒に苦しんでいました。苦しすぎて入れ歯も着けていられない程。
それでも発熱直後は身体が悪いモノと戦っているからすぐに解熱剤を使えないのだそうで、発熱から5時間くらい経ってから薬を服用してまだ熱が下がらない状態。
「オシッコ」はいつものようにたくさん出ずほんの少しを何回も何回もするので介護していた母は大変でした。

私は頭の濡れタオルを交換し、ポカリスエットを吸い飲みでふくませてあげたけどちょっと咳き込んで苦しそうになってしまいました。
「寒い」と言うのでペットボトルの湯タンポを2L2本作って身体に添わせてセット。口の中がネトネトだったのでティッシュを濡らして何回も拭き取ってあげました。ネトネトが吸い飲み直後の咳き込む原因と思ったからです。その後は咳き込むことなくポカリスエットを何度かふくませ…。

今まで寒いって言ってたのに今度は「熱い」って!でもこれって快方に向かったってこと!?
汗を拭いてポカリ与えて…繰り返し。午後3時には38度台に、4時には37度台に下がりました。汗をかいたシャツや下着を替えて、ウイダーインゼリーでエネルギーを。
6時には平熱に戻りお粥を口に出来るまで回復しました!良かったー!病院に泊まり込みも想定していたので早い回復に安堵しました。

お墓参りを済ませた主人が到着。先週行った長野善光寺で買った御守りを父に手渡してくれました。父は長野県出身なので…と買ったもの。父喜んでいました(^^)

今朝病院にいる母に電話をしたらまた熱が出ているけれど昨日の発熱中よりも落ち着いているから…とのことでした。
午後になっても気がかりで母に再度電話。でも今日は大丈夫だから足を休めておくようにって。
でも心配なんです…。足が痛くなければ身軽に行けるのに…。

| | コメント (0)

検査結果は…

また父の話なのですが、
先週木曜日に気管支鏡を使って肺にカメラを入れて検査した結果、
1.出血は9月28日に切除した辺りから出ている
2.10月15日に気管支鏡とエタノールで治療した辺りからは出ていない
ということが分かりました。

①については出血した血液が付着して正確なところが分からず、1週間後改めて気管支鏡を入れて検査をします。
対策は検査結果が解ってから決めましょう。
②についてはエタノールした部分は気管支の表面に出てきた腫瘍のほんの一部で、その下には5cm以上の大きさの腫瘍があります。
対策は、そこにはエタノール注射は出来ないので身体の免疫力をアップする皮下注射をしましょう。少し熱が出ますが今なら入院しているし体調が悪くなってもすぐに診られますから(^-^)
…と先生は説明してくれました。

近頃父はすっかり弱ってしまい本当に心配なんです。

土曜日に先生2人にそれぞれ訊いてみました。
「父は○○まで生きられるでしょうか?」
と。

最初に尋ねたのはもう5年近く診てくださっている肝臓メインの先生。「3月の父の誕生日まで生きられるでしょうか?」って。
先生は「3月は無理だろうなぁ…。でもこれからもずっと診ていくよ」と言われました。
次は今あれこれ手を尽くしてくださっている肺メインの先生。「父はお正月を迎えられますか?」と尋ねたところ
「…。厳しいですね、あと2ヶ月ですよね。う〜ん、そう出来るように(免疫力アップを期待できる)注射をします。食欲があるなら何でも好きなものを食べさせてあげてください
とのことでした。

「1週間後」とは昨日。検査もしたのですが…。
検査開始は予定から3時間半遅れ。その後の説明までさらに2時間待たされ、その上さらに説明中に急患が入り中断して終わってしまいました…。
でも急患じゃあ仕方ない、明日は我が身。

| | コメント (0)